映画「ペンタゴン・ペーパーズ」にみるモンテッソーリの影響

モンテッソーリについての映画、というわけではないです、もちろん。

ベトナム戦争が長引き、国民の間に厭戦気分が高まっていた1971年の話です。当時は、リチャード・ニクソン大統領の時代でした。

以下、公式サイトから

「ベトナム戦争を分析・記録した国防省の最高機密文書=通称「ペンタゴン・ペーパーズ」の存在をニューヨーク・タイムズがスクープし、政府の欺瞞が明らかにされる。ライバル紙でもあるワシントン・ポスト紙は、亡き夫に代わり発行人・社主に就任していた女性キャサリン・グラハムのもと、編集主幹のベン・ブラッドリーらが文書の入手に奔走。なんとか文書を手に入れることに成功するが、ニクソン政権は記事を書いたニューヨーク・タイムズの差し止めを要求。新たに記事を掲載すれば、ワシントン・ポストも同じ目にあうことが危惧された。記事の掲載を巡り会社の経営陣とブラッドリーら記者たちの意見は対立し、キャサリンは経営か報道の自由かの間で難しい判断を迫られる。」(http://pentagonpapers-movie.jp/about/)

そして、ワシントン・ポストの経営者キャサリン・グラハムは、重役陣の反対、そして株式公開への支障の恐れを断ち切り、この文書を記事として掲載することを決意します。政府はこれに対して国家への反逆として争いますが、アメリカの最高裁は報道の自由の勝ちを認めます。

なんてネタバレを思い切りしてしまいましたが、、、このときのキャサリン・グラハムの不安、恐れ、迷い、そして、それらを超える決意を、メリル・ストリープが熱演していて見事です。

映画はエンディングに後のウォーターゲート事件を予感させて終わりますが、このウォーターゲート事件では、彼女が率いるワシントン・ポストは、ニクソン大統領と全面対決、政治的圧力に屈せずに報道の自由を守り抜きました。

このキャサリン・グラハムもモンテッソーリ教育を受けていたのです。

“The Montessori Method- learning by doing-once again became my stock in trade…”

これは、ピューリツィアー賞を受賞した彼女の自伝「わが人生(Personal History)」の中の言葉です。モンテッソーリメソッドが彼女の「商売道具(stock in trade)」になった、というのですね。

当時はまだまだ女性差別の強い時代、主婦からいきなり、経営難にあえぐワシントンポストの経営者となったキャサリンを支えたのは、モンテッソーリ教育だったのかもしれません。

 

モンテッソーリ教育がグーグルを作った?

グーグル創業者の二人、ラリー・ペイジとセルゲイ・ブリン

二人はどちらもモンテッソーリ教育を受けています。

 

2004年にABCテレビのバーバラ・ウォルターズの特集番組(The 10 Most Fascinating People of 2004)で、ラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンは

二人ともに親が大学教授であったことは二人の成功の重要な要因だったか、

と尋ねられました。

 

それに対する二人の答えは「関係ない」というもの。

そして、

「モンテッソーリ教育を受けたことこそが鍵だ」と答えました。

 

二人は特に、

セルフ・ディレクティドな学習(自律的な学習)、すなわち、自分の興味に従って、自分の学びたいことを決めることが重要だったと指摘しました。

 

ペイジは、

「ルールに従うのではなく、自らの動機に従い、世界に何が起きているのかを疑問に思い、物事を異なるやり方でやる訓練になったと思う」

と語りました。(このときの番組は、YouTubeでも見ることができます。)

 

また、経済雑誌フォーブスは、

グーグルの成功は、ペイジとブリンの素晴らしいビジョンによるものではなく、新しいビジネスモデルを閉じ込めない小さな成功を積み重ねたことによる、

と指摘しました。

そして、彼らが「工夫し続ける」ようになったのはモンテッソーリ教育の功績であるとしたのです。モンテッソーリ教育を通して、二人が、生涯を通して、学ぶことへの愛を持った学習者となったことが、彼らの成功と共鳴したのだと評しています。

 

ステーブン・レヴィの「グーグル ネット覇者の真実」によると、

 

グーグルの20人目の社員であり、グーグル躍進の立役者といわれたマリッサ・メイヤー(その後、ヤフーCEO)は、2005年に、グーグルとモンテッソーリ教育の関係について述べたそうです。

当時、検索以外の分野に次々と進出しようとするグーグルに対し、「飲んだくれの曲芸師のようだ」という批判がありました。

「空中に複数のボールを投げたのはいいが、それをまったくコントロールできていない」というのです。

マリッサは、こうした批判に対してグーグルの社風を説明し、最後に以下のように言いました。

 

「ラリーとセルゲイが、二人とも幼少時代にモンテッソーリ教育を受けたことを知らなければ、グーグルは理解できません」

 

彼女は続けて言います。

「彼らは自分で考えた質問への答えを求め、自分で決めたように行動する。何かをするときに偉い人に言われたからではなく、道理にかなっているからそうする習慣を身に付けたのです」

 

セルゲイ・ブリン本人も

「私はモンテッソーリ教育の恩恵を受けたと思っています。」と語り、

セルゲイ・ブリンの母親ユージニアも

「モンテッソーリ教育については詳しく知らなかったが、結局、彼の成長に重要な役割を果たすことになった。自分の頭で考えること、人生では何事も自分でやってみることの大切さを知るきっかけになった」と2009年に語っています。

 

先ほどのマリッサ・メイヤーが

「ラリーとセルゲイは、いつも『どうしてそうじゃなきゃいけないんだ?』と尋ねる。早い時期から彼らの脳にプログラミングされた行動パターンなんです。」

と語ると

ペイジは

「それはある面で真実かもしれない。」

「僕はいつも質問をしてばかりだからね。モンテッソーリ教育はセルゲイと僕の共通点だ」と答えています。

(以上「グーグル ネット時代の覇者の真実」より抜粋)

 

この「グーグル ネット時代の覇者の真実」を書いたステーブン・レヴィは、ペイジとブリンは、まるで「モンテッソーリの教えを、そのままグーグルに持ち込んだようにさえ思えた。」と書いています。二人は、規律は自由な環境で取得されなければならない、として、エンジニアにできる限り自由な環境を与えました。

 

有名なことですが、グーグルには20%ルールというものがありました。エンジニアは、勤務時間の20%を、本来の自分の業務を離れた好きなプロジェクトに使ってよいというものであり、Gmailなどもそこから誕生したそうです。(グーグルの巨大化に伴い、現在は変化しているという話もあります。)

 

このように、モンテッソーリ教育がペイジとブリンに与えた影響は、二人のイノベーターとしての資質にとどまらず、グーグルの企業文化そのものにまで及ぶものだったようです。

 


ラリー・ペイジの父親は、ミシガン州立大学でコンピュータサイエンスを教えており、母親も同じようにプログラミングを教えていたそうです。ペイジは、1968年に開校されたミシガン州オーケモスにあるモンテッソーリ・ラドムーア・スクールMontessori Radmoor School出身です。

 

セルゲイ・ブリンの父親はユダヤ系であったために、当時のソビエト政府から物理系の学問を禁止され、数学を専攻、働きながら学び続け、博士号を取得しました。しかし、ユダヤ系の差別が息子の将来にも悪影響を与えることを危惧した父親は、ロシアからアメリカに移住することを決意し、ユダヤ人コミュニティの協力でメリーランド居住、メリーランド大学で教えるようになりました。ブリンは、当初はユダヤ系の他の子ども同様、ユダヤ人学校に通ったそうですが、言葉の問題もあっていじめられたそうです。それで、アデルファイのペイントブランチ・モンテッソーリスクールPaint Branch Montessori School(現在は、シルバースプリングに移転しています)に通いました。ブリンは、ほとんどの時間をパズル、地図、数に費やしたと言われています。「僕は自分のペースで成長できた」と彼も述べています。なお、そこではいじめもなかったとのことです。

 

モンテッソーリ教育を受けた有名人たち

近年、モンテッソーリ教育が注目を浴びるようになった一つの原因として、世界をリードする巨大IT企業、グーグル、マイクロソフト、フェイスブック、そしてアマゾンなどの創業者たちが、モンテッソーリ教育を受けた人たちだった、ということが指摘されています。

もちろん、モンテッソーリ教育を受けた人が、皆、IT企業を設立してるわけじゃないので、モンテッソーリ教育を受けたら世界をリードする人材になれる、なんて単純な話ではないのですが、モンテッソーリ教育に含まれる何らかの要因が、もしかしたらこれからの時代に活躍する人を育てることと結びつく可能性もあるのではないでしょうか。

こんなすごい人もモンテッソーリ出身だよ、いえい、ではなく、活躍しているお一人お一人が、どのような部分でモンテッソーリ教育の影響を受けたのか、見てみたいと思います。